フィンランドが誇る、世界的ロングセラードムス チェア

フィンランドを代表する国民的な椅子

“寮に暮らす学生たちが、部屋で本を読むときに座る椅子”として開発されたという「ドムス チェア」。全体的に丸みがかったフォルムからは、どことなく懐かしさと暖かみを感じます。

特徴的な短いアームレスト、広くて少し窪んだ座面。実際に座ってみると、アームレストの上に両ひじが自然に収まり、ゆったりとリラックスした気分になります。心地良い姿勢が保たれるせいか、しばらく座っていても、違和感がまったくありません。

 

 

ドムス チェアは、第二次世界大戦後すぐの1946年、イルマリ・タピオヴァーラとその妻アンニッキによって手がけられました。

 

アメリカでは、通称「フィンチェア」とよばれ、開発当時よりフィンランドを代表する国民的な椅子として広く親しまれてきました。あらゆるシーン、シチュエーションに柔軟に対応することから、70年以上を経た今でも、学校をはじめ、病院や市民ホール、駅舎など、フィンランドの公共施設を中心に、人々の暮らしに寄り添うように使われています。

ドムス チェア

ドムス チェア(重ねても美しい)

タピオヴァーラが目指したモダニズムと工芸の融合

イルマリ・タピオヴァーラといえば、建築家アルヴァ・アアルト(フィンランド)の影響を強く受け、建築家ル・コルビュジエ(スイス/フランス)に師事した経験もある、フィンランドの家具デザイナーです。彼らと同じく、“モダニズム”の概念、つまり、伝統的な枠にとらわれない表現を追求した人物でもあります。

 

また、家具をデザインする中で常に、「持続的な生産体制により、高品質かつ適正な価格の家具を供給し、すべての人々の暮らしが豊かになるように」との想いを巡らしていたといいます。

 

タピオヴァーラは、モダニズムの概念を暮らしに根付かせるため、“デザイン”を発展させようとしたのです。

イルマリ・タピオヴァーラ

アルヴァ・アアルト

最小限のリソースで最大限のパフォーマンスをうむには

1938年、フィンランドの大手家具メーカーでアートディレクターとしてのキャリアをスタートさせたタピオヴァーラでしたが、その直後、第二次世界大戦が勃発。東部戦線へと駆り出されます。

 

困難な環境の中で兵士のための居住空間デザインを任され、「最小限のリソースで最大限のパフォーマンスをうむには、どうすればよいのか?」これまで以上に考えるようになっていったといいます。

戦地での試練が、タピオヴァーラの概念に大きく影響を与えたのでした。

 

 

そして迎えた終戦。敗戦国となったフィンランドに残されたのは、たくさんの白樺(バーチ)でした。

タピオヴァーラはより良い暮らしを求める民衆のために、フィンランド国内のバーチ材を用いた量産可能な家具の開発に乗り出すのです。

戦後初のプロダクトデザインとしての成功

戦後まもなくして、ヘルシンキ市内に学生のための寮「ドムス アカデミカ」が建設されました。この学生寮のインテリアデザインと家具デザインを任されたのが、タピオヴァーラと妻アンニッキでした。

学生たちが長時間机に向かったときにも疲れにくく、なおかつ、学生寮に必要な用途に対応する多目的性を求めて、「ドムス チェア」は作られました。

 

フィンランドにおいて、それまでのアアルトが二次元で木材を曲げる技術を追求したのに対し、タピオヴァーラは積層合板を三次元に曲げる技術を開発。椅子に座った際、体にちょうどよくフィットするようにと、積層合板にした座面をお尻の形に窪ませる一方で、椅子全体の重さを支えるフレームには強固な無垢材が使用されています。

 

小さく突き出たアームレストは熟考の末、ひじ置きとしての役割を果たしながらも、机に引き寄せやすいようにデザイン。狭い場所でも使いやすくなっています。また、軽量でスタッキングも可能。すぐれた機能面も持ち合わせます。

 

戦時中のアメリカでも、イームズ夫妻が熱と圧力をかけて木材を成型する新技法を発見。戦後、成型積層合板の技術が、世界各地の家具デザイナーによって、応用されるようになっていきます。

 

 

その座り心地の良さや使いやすさ、親しみのある見た目から、フィンランドの学生たちの絶大なる支持を集めたドムス チェアは、フィンランド国内外にファンを増やし、戦後のプロダクトデザインとしては、大きな経済的成功を手にします。さらに、1951年には栄えあるミラノトリエンナーレで金賞を受賞。フィンランド生まれの家具として、世界中で高い評価を得るようになっていったのです。

建築家アアルトが築き上げたブランド

世界的なインテリアブランド「アルテック」は、1935年にヘルシンキで設立されました。

20世紀初頭のヨーロッパは、それまでの伝統主義に対し、モダニズム文化が盛んだった時代。芸術をはじめ、デザイン、工芸の分野においても、もっと良い様式はないかと皆が模索していました。

 

フィンランド近代デザインの父とよばれ、アルテック創立者のひとりでもある、建築家のアアルトもまた、それまで上流階級のものであった家具デザインを、一般大衆にも行きわたらせるために、尽力しました。

 

アルテック創業前の1920年代から、アアルトは“曲げ木”の開発に取り組みます。その結果、特許技術「L-レッグ」と「ラメラ曲げ木」という、2つの曲げ木の技術を完成させます。これにより、木材を強度のあるモダンな素材へと変えたのでした。

 

1933年にアアルトが発表した「スツール 60」。彼の代表作といわれるこの椅子は、自身が設計した「ヴィープリ図書館」(ロシア)で初めて使用されました。座面と接合した3本脚のフォルムは、無駄が一切ありません。このなめらかな曲線には、L-レッグの技術が使われています。

 

その他にも、内装設計を手がけた結核療養所「パイミオ サナトリウム」(フィンランド)のためにラメラ曲げ木を用いてデザインされた「41 アームチェア パイオミ」など、1935年アルテック創業後も、アアルトは数々の傑作を世に送り出しました。

 

 

アアルトが築き上げたブランドの哲学と技術をいかしつつ、最近では、プロダクトデザイナーのブルレック兄弟(フランス)やコンスタンチン・グルチッチ(ドイツ)など、若手とも積極的にコラボレーション。アルテック独自の存在感あるプロダクトを提案しています。

 

また、2010年以降、ドムス チェアもアルテックの製品に仲間入りしました。それは、タピオヴァーラの概念、ドムス チェアに込められた思いを、説明なしに理解できる、最良の協力者を得たかのようです。

スツール 60 (左下の丸いチェア 2脚)

スツール 60 とアルテックのラウンジチェアなど

取材後記

本を読んだり、食事したり、椅子は生活の多くの場面で必要とされます。たびたび座るものだからこそ、座ったときに、心地良くあってほしい。タピオヴァーラやアアルトの椅子への思いを知って、より一層そう思いました。(取材/青木)

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