プロの住宅レシピ 借景に溶け込む──原生植生と岩礁がつなぐ三浦の住まい
神奈川県・三浦半島。大正〜昭和期に活躍した女優・田中絹代がかつて暮らした別荘を、ご夫婦のための静かな隠れ家として再生したプロジェクトです。
お施主さんはおおらかな人柄と日本の原種へのこだわりをもつ方で、ご要望は「別荘と気づかれないほど、風景の中へ溶け込みたい」ということでした。
グレーを基調とした建築に合わせ、外構と庭は海沿いに自生する植生を受け止めるランドスケープが計画されました。
敷地は駐車場から海辺まで高低差15m。蹴上30cmの険しい地形をそのまま生かし、総重量30tの自然石を昔ながらの手動で行う「三又(サンマタ)」、「チルホール(牽引装置)」などの工具を利用してテコの原理で10cmずつゆっくり降ろし階段や飛び石を構築しています。
石1枚は500kgに達し、紀元前からの地殻変動で動いた岩礁と雑草が混在する土地を岩の風景として読み解いているのです。
玄関前には長野県諏訪産の鉄平石を使用。自然に割れた石と機械で鋭く割った断面を混在させることで現代的な表情を演出しています。
庭の中心にあるのは原生植生を守るという考え。裏山の草と庭の境界が消えるように計画し、植栽は約1年かけて土地に馴染ませ、年5回のメンテナンスもデザインの一部として組み込みます。
風景に対し建物や木塀は黒に近いブラウンで統一。素材そのものを長持ちさせるように考慮し試験塗りを重ねて色味が選ばれました。
小屋周辺の地盤は京都の茶室で使われる砂利や土による”たたき”で仕上げ、コンクリートでは得られない品と地形の連続性を確保。地盤は漆喰壁のように気候によって水分を放出・吸収を繰り返し、夏場に手で触れても熱くありません。コンクリ―トのような輻射熱、夜間放熱はほぼ無く日本古来からあるエコロジーを取り入れた屋外使用のたたき土間になっています。
サウナ小屋は海へ向かって縦に走る岩礁のラインに合わせて配置し小屋の角度が風景の読みを反映。
お施主さんは「海外旅行よりこの庭にいる時間のほうがずっと良い」と語っていたそうです。自然のリズムに身を委ねながら静かに暮らせる、深い安らぎのと森羅万象の気配が日々の中に息づくような静かで豊かな住まいです。