プロの住宅レシピ 光と石が導く境界──太古の気配を宿すアプローチ

イソデコ住環境デザイン
磯 勇人

通りに面した外構は九十九里から移植した松と巨大な自然石が象徴的に並ぶ構成。

黒壁に浮かぶサインの前には、親鯉を象った石を配置。夜景では控えめな間接光が石の稜線だけを照らし、街へ向かう“上昇機運”の物語を静かに浮かび上がらせている。

40cmほどの限られた幅に石を収め、子どもが思わず立ち止まる“恐れ”の存在感を意図的に残している。歩く速度に合わせて景色が変わる構成とした中世建築の陰影を思わせる佇まい。

左はカメラレンズにも使われる光学ガラスで鯉の形を再現。右は背後の50cm幅の光を鉄板で反射面を調整しスカラップを消すことで水墨画のような淡い光を実現。

人の手によらず自然が数千年の風化で彫り上げた造形。柔らかな曲面や凹みは、太古の地層が刻んだ痕跡そのもの。現代の空間に、時を超えた“自然の記憶”を静かに滲ませている。

東京都内の静かな住宅街に建つ集合住宅。そのアプローチ空間には日常の延長にそっと異世界の気配を落とすような、独自の物語が組み込まれています。

自然の畏怖を彷彿とさせるような威厳のあるこの空間は、設計者と職人が現場で即興的に形をつくり上げていく「作庭に近い」方法で進められたそうです。デザインの起点にあったのは、和の象徴性と中世建築にも通じる陰影の深さでした。

外構には九十九里浜から移植した松と、歩道沿いに連なる数々の自然石。特に40cmほどの限られた幅に据えられた石は、「子どもがほんの少し怖いと感じるくらいの存在感」を残すために、あえて揺らぎのある輪郭が選ばれました。

これは日本庭園にも登場する“鯉”の象徴になぞらえたもので、麻布の街に向かって流れに逆らわず上昇していく“竜門爆”の寓意を帯びています。

アプローチの石の角度や高さを少しずつ変え、歩く速度に合わせて風景が変わるように仕掛けることで、動線そのものが一種の儀式のような体験へと転換されているのです。

夜景では光の扱いが特に印象的です。小田原・根府川石に落とす光は壁際の50cmの細い空間に間接照明を仕込み、鉄板で反射面を溶接して調整することで、スカラップ(光のエッジ)が消え、墨を滲ませたような淡さだけが残ります。

煌々と照らすと石の物語が壊れてしまうため、光はあくまで影を導くための存在として扱われているのです。

さらに、カメラレンズにも用いられる光学ガラスを彫刻し、鯉の形を写し取ったオブジェを設置。人工物でありながら、石と同じ流れの中に置くことで、素材の境界がゆるやかに溶け合っています。

アプローチに置かれた大石は、人の手を加えず自然が数千年の風化で刻んだ造形そのもので、現代の建築空間の中に太古の記憶を静かに漂わせています。

このアプローチは単なる外構ではなく、訪れる人が都市の時間から離れ、一瞬だけ深呼吸するための「境界」として機能しています。光、石、陰影が折り重なるその場所には、日常の中にふと入り込む物語の入口が静かに息づいています。

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磯 勇人

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