プロの住宅レシピ 街をそっと照らす住宅兼事務所──専門家たちと編んだエレメントが形づく
神奈川県横浜市に建つこの住まいは、家族の暮らしと仕事の場をゆるやかに重ね合わせた自宅兼事務所として計画されました。目指したのは職と暮らしの境界を必要以上に分断せず、むしろ環境の力で自然に切り替えられるような新しい住宅のあり方でした。
その鍵となるのが中庭を中心に据えた空間構成。ワークスペースは建具を開くと中庭と連続し、視線が外へ抜ける半屋外的な居場所に変わります。「考えが煮詰まったときに立ち上がると、緑のそよぎが横目に入る」という小さな変化が心の緊張をほどき、無理のないリズムで仕事と暮らしを往復できる環境をつくり出すのです。
夜の風景はこの住まいの思想を鮮明に映し出します。中庭のライティングは、照明デザイナー・庭のデザイナー・建築家の三者が意見を重ねながら計画したもので、樹木の影が外壁にそっと広がり、住まいの内側に深い奥行きを与えています。
一方、外観の大きな開口部から滲む照明の光は「街の明かりになりたい」という思いから生まれたものです。暗くなりがちな住宅街に、過度に主張せずそれでも歩く人の心をやわらかく照らすような灯りを返したい──そんな思いが佇まいとして形になっています。
夜のLDKは昼とはまったく違う表情を見せます。ペンダント照明の控えめな灯りが天井と壁に広がり、ナラやタモといった木の素材が陰影の中で静かに立ち上がります。華美な装飾ではなく、光と木の余白で空間の佇まいをつくるというこの家の意匠が表れているのです。
その空間を支えているのが、KAMIYAのフルハイトドアや昭和洋樽製作所のフローリングといった本物の素材です。建具は壁と連続する納まりで余計な線を消し、空間にしなやかな秩序を与えています。床材は厚い挽き板がもつ深い木目が光を受け止め、内部と外部の連続を支える大切な要素となっています。
中庭の光や外観の灯り、季節を運ぶ庭木たち。こうした要素が重なり合い、住まいは家族だけでなく周囲の街にも静かな風景をもたらします。暮らしと仕事、家と街がゆるやかに連なり合う、新しい住まい方がここにあります。
Photo:加藤悠 (ウェイ)