プロの住宅レシピ 私設美術館から住まいへ──アンティークと記憶を受け継ぐ家
木名瀬 佳世
山手の一角に建つこの住まいはかつてご両親が営んでいた私設美術館を起点に、ギャラリー兼自宅として再生された空間。お施主さんは画廊を営んでおり、この住まいそのものが作品とともに時間を重ねていくための器として計画されています。
もともと建物は、構造的な制約を抱えたワンルーム空間。当初の依頼は耐震補強が主目的で、自由度の高い改修ができる条件ではなかったそうです。
そこでこの住まいでは空間を大きく作り替えるのではなく、壁を「増やす」ことで展示と生活の両立を図っています。壁は仕切りであると同時に、絵画を掛け記憶を留めるための背景として機能する存在となります。
暖色でまとめられた室内にはご両親が遺した古い家具や器、そして貴重な絵画が静かに並びます。かつては多くの作品が一度に視界へ入る美術館だった空間は、住宅としての機能を受け止めるため、視線を制御する構成へと変化しました。
開口部越しに別の部屋の気配を感じながらも、作品と向き合うための距離感が丁寧に保たれています。
アーチ状の開口が印象的な動線の先には、物置のように設えられた一角があります。単なる収納ではなく、記憶や時間を保管するための場所。作品に囲まれながら思考を深める静かな余白として用意された空間です。そこには展示することだけを目的としない、住まいとしての深呼吸のような役割が与えられているのです。
猫が気ままに居場所を選び、家具や壁と自然に馴染んでいく様子も、この家の日常風景の一部。
作品、暮らし、記憶が明確に分けられることなく、重なり合いながら存在しています。この住まいはギャラリーであり、住居であり、そして時間を受け継ぐための静かな場でもあるのです。